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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9193号 判決 1989年7月10日

原告

安信啓

被告

学校法人工学院大学電気系教室会議

右代表者電気工学科元主任教授

磯部昭二

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求の趣旨及び原因は、別紙一のとおりである。

二  本件記録によると、学校法人工学院大学電気系教室会議は、それ自体としては法人格を有していないばかりか、法令あるいは学校法人工学院大学の規則等に基づいて設置されたものでもなく、工学院大学の各教室の教員の意見を聞くための事実上の機関に過ぎず、民事訴訟法四六条にいう社団又は財団ではないと認められるから、民事訴訟の当事者となることができない。

三  したがって、本件訴えは、当事者となれないものを被告とする不適法なものであり、その欠缺を補正することができないから、民事訴訟法二〇二条により口頭弁論を経ずしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 水上敏)

請求の趣旨

一 被告は原告に対し、昭和六〇年度下期の送配電工学の講義権が原告に存在していたことを確認する。

二 被告は原告に対し、慰謝料として金一〇〇万円支払え。

三 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一 原告安信啓は工学博士の資格を有し、昭和四五年六月被告大学非常勤講師となり、ついで、昭和四七年四月専任教授に就任した。原告が、「被告の方便のための仮装制定による就業規則(一部)の定年規程」をもって退職を強制されたのは、昭和六一年三月三一日であった。被告の年令は現在七五才である。

被告は工学院大学内の電気工学科電子工学科の合同会議体であり、代表者磯部昭二は本件に関して責任を有する地位にあった教授である。

なお、原告と工学院大学との間には、原告の教授就任に当り締結された原告の定年に関する契約(専任教授定年満七三才、暫定特別専任教授定年満七五才)が存在していた。

二 原告の送配電工学の講義権が侵奪された事実について述べれば、次の通りである。

(一) 原告の講義は、毎週土曜日の一時限(九時~一〇時半)が発変電工学、二時限(一〇時四〇分~一二時一〇分)が送配電工学であるので、その準備をして、昭和六〇年九月二一日の二時限目の講義のため教室に行ったところ、原告の担当してきた講義が原告の知らぬ間に、原告の承諾をえないで、村野稔教授の担当に移されていたのである。

(二) 後日判明した事実によれば、右講義権の侵奪に当っては、次に述べる通り、講義題目中の送配電工学に関する原告の「授業のねらい」及び「授業内容」が盗用されていた。

(三) 前記講義権侵奪に関する意思は、当時訴訟係属中の原告提訴の「東京地裁昭和六〇年(ワ)第二三〇〇号定年確認等請求事件」に対する報復を目的としたものである。

三 工学院大学教授の講義権存在(教授以外の教員の講義権も同じである)の法源は、次の通りである。

(一) 教育基本法第六条第2項には「法律に定める学校の教員は、全体の奉任(ママ)者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。」とある。

1 右条文中における「身分」の意味は、広辞林における家族関係の身分の解釈を援用すれば、わかり易いと認められる。

「<一>社会的な地位。分際。<二>〔法〕(家族関係の)法律上の一定の地位。分際。―けん〔―権〕〔法〕身分に伴う権利。親権・相続権など。」

右家族関係の身分の解釈を、前記教育基本法第六条第2項中の「身分」に援用すれば、この「身分」には、身分に伴う権利として、教授の講義権が含まれることが明白である。

2 学校法人工学院大学寄附行為の第四条(目的)には、「この法人は教育基本法および学校教育法に則り、工業に関する学校を設置することを目的とする。」とある。従って、被告は右基本法に違反する理事会の指示に服する義務を有しない。

(二) 工学院大学教授の講義権の内容(講義題目など)変更については、当該担当教授の事前承諾を必要条件とする慣行(事実たる慣習)が存在する。

右慣行は原告が昭和六〇年度下期における送配電工学講義権を保持することを保証したものである。

四 被告及び被告代表者の責任について述べれば、次の通りである。

(一) 被告(電気系教室会議)が、仮りに本件請求の趣旨第一項を否認するならば、被告構成員は自らの手で自らの講義権不存在を確認することをなることは云うまでもない。

(二) 被告代表者磯部昭二は学校法人工学院大学教授の地位を、出身企業、株式会社日立製作所の職員の地位と誤認してなした作為の責任をとるべきである。

五 なお、慰謝料一〇〇万円には、被告の不法行為に対する損害賠償、原告の蒙った名誉棄損、精神的損害等を含むものとする。

六 仍って、本訴に及ぶ次第である。

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